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純愛中毒雑感 :: 2009/02/09(Mon)

「純愛中毒」雑感(2004年4月24日記)

(2009年2月9日雑感置場より転載)
ラスト。実は予想通りでした。
テジンは"憑依"していなかった。
テジンはテジンだった。兄ホジン…ではなかった。
なので私、ラストのどんでん返しの所でそう来た時、よっしゃ~やっぱりな~!…と、心の中で軽いガッツポーズを決めておりました(笑)

さてさて。まずはストーリーですが。

両親を早くに亡くし、いつも寄り添うように生きてきた兄ファン・ホジンと弟テジン。ホジンが、ハン・ウンスと結婚して3年目。3人は、一つ屋根の下で穏やかな日々を送っていた。ところがある日、カーレーサーの弟テジンはレース中に、兄はその会場に向かうタクシーで、同時刻に事故に遭遇。兄弟ともに昏睡状態のまま1年が過ぎた頃、奇跡的に弟テジンだけが意識を取り戻す。しかも、未だ目覚めぬ兄ホジンの魂を宿して…。(『純愛中毒』公式サイトより)

ホジンの魂を宿して…って、実は宿してなかったんですね~。

これは純愛ストーリーだと思います。決して、言われているような「狂気の愛」だとは思わないんですが、どうでしょう。
なので、未だにタイトルの「中毒」…とは一体何の意味があるのか分からないんです。
「中毒」って、それがないといられない、と言うことだよね。
ならば、テジンにとって、ウンスがなくてはならない存在だったと言うこと。
そして、ウンスにとっては、ホジンがなくてはならない存在だった。
どちらも、決してなくなってはならない存在。
それを「中毒」と言うのだとすると、ああ納得かも。
3人が3人でいられた時はそれは成り立つ方程式だった。
テジン一人がその気持ちを心に秘めたまま兄夫婦と共に、弟として暮らしさえすれば。
だけれども3人のうち、一人が欠けてしまった。
ホジンがいなくなってしまった。
その時に、方程式は崩れた。いや、崩れるはずだった。
テジンが、ホジンとして生きることによって、崩れずに済んでしまったのだ。

テジンはホジンとして生きようとした。
生き返ったのは自分なのに、その自分を捨て、未だ生き返らぬ兄ホジンに"憑依"したとして、ウンスの前に現れた。
昏睡状態から1年経った頃、寝ていたままのテジンのまぶたが動いたように見えた時、よく考えたらあの時、既にテジンは意識が戻っていたんですね。
そして、聞こえてくる医者同志の会話などから自分や兄ホジンの状況を知ったんだ。
それで、その状態の中で、自分を殺し、ホジンを生き返らせよう、ホジンとして生きようと決意したんだ。
と考えると、あの目、まぶたの動きが大きな意味を持っていたんだと改めて感動します。
作り方が凝っているなあ、と感動。
映画監督さん、この映画が初監督だそうですけど、上手いです、本当に。

でも、何故、テジンはホジンを彷彿させることができたんだろうか。
それも後からじっくり考えれば納得がいきます。
だって、兄弟だもんね!(……え、そんな理由……?)
や、後からパンフレット見て気付いたんですけど、事故に遭う前そういえば「カーレースなんて危ない仕事辞めて、俺と仕事しないか?」って言ってた言ってた。
テジンがホジンと同じように彫刻刀を握り、家具を作り、料理もする。
家具デザイナーホジンが誘うくらいだから、多分弟もかなりできたんでしょうね。
ただ、やらなかっただけ。
やりたいことが他にあったから。カーレースと言う他の仕事が。
って考えると切ないです~。
ホジンとして生きていくって言うことは、自分の好きな仕事も諦めるってことですよね。
誰に反対されても辞めようとしなかったカーレース、それほどまでに好きだったものをすっぱり諦め、そして、家具デザイナーとなった。
ホジンとしてせっせと家具を作る姿も、後からよく考えると本当に切なく心に映し出されてきます。
あれもこれもそれも、ウンスが愛するホジンとして生きようとするがためのもの。
これを、私は狂気の愛とは思えません。本当に切ない。

最後、あるきっかけでその事実を知ってしまったウンスですが、さて、彼女はどう出るのか。
テジンがウンスを、ホジンと出会う前から愛していたことを知ってしまいました。
そして、これは"憑依"ではなく、テジンそのものだったということ。
その時点で、お腹に赤ちゃんもいた(!)
さて、どうする!
…と、ドキドキしてました(笑)
で。受け入れた…ということなんでしょうね?あのラストだと。
ラスト、「え?それで終わっていいの?」と言うような終わり方だったんですが、結末はお前らで考えろ…ってことなんでしょうか?
ウンスも、「知ってしまった」と言う事実を知らせないまま、テジンと生きていこうと決意した。
…ってことだよね?
んんんん、いいじゃんいいじゃん、それでいいんじゃん?
…と勝手に都合よく解決させておきましたがいいかがなもんでしょうか?

いや~、いい映画だったなあ。
大好っきな映画でしたね~。
イ・ビョンホンがこれまた切ない目でねえ。
「孤独な影のある男を演じる時その真価が120%発揮される」と言うイ・ビョンホンにまた当たり役が来た。
このテジンは彼じゃなきゃだめ~と思いましたね。
そうね、これがもしかして別の人だったら、私も「いや~ね~このストーカーが」ぐらいに思ったかも(笑)
彼がね、あの目がね、切な過ぎるのよ。
なんでも許してあげちゃいたいような子犬のような目をするのよ。
あ、そういえば、パンフレットにあったけど、ラスト寸前のテジンの心の告白。あれをあそこでもっていったのは、主人公の二人に<免罪符>(=赦し)を与えたかったからだと書いてありました。
そう、"赦し"かも。今のこの気持ちは。
いいじゃん、いいじゃん、テジンを許そうよ、ウンスを許そうよ、ってね。(軽い)
だってさ、事故はテジンが仕組んで起こしたわけでもなく、自分だけが意識が戻ったのも決して計算ではないんだから。
これは、なるべくしてなった関係だったというわけよ。いいじゃん、いいじゃん。

イ・ビョンホン。また好きになってしまいました。
悲しい目をさせたら世界一!
いや、韓国一、にしておこう。
日本には中居正広、と言ういい役者がいるから(←今更だが中居ファン)
  1. 韓国ドラマ
  2. | comment:0
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