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貝2回目 :: 2008/12/30(Tue)

昨日ようやく貝2回目鑑賞に行ってまいりました。
初見から一ヶ月以上も経ったせいか、それとも怒涛の貝キャンペーンからしばらく時間が空いたせいか、とてもフラットな気持ちで鑑賞することができたような気がします。
二度目の鑑賞なのに、むしろあっちこっちと断片的にネタバレして臨んだ初見の時よりまっさらな気持ちで。
初見の時は、私最初から、それこそ赤紙が訪れる前から、清水家のどこにでもある穏やかで平和な家族の情景を見るだけで泣いてました。この先訪れるであろう悲劇を思うと、あまりに切なくて切なくて。
そんな感じだったので、実は私、房江さんが助命嘆願書を集めるシーンとか「そんなんどうせ無駄なんだからそんなに時間とらなくていいのに~」とか「ここまでドラマチックに仕立て上げる意味が分からない」と思ってました。それともう一つ、つるべさん演じる西沢が豊松のチェンジブロックをそれはそれは大喜びして周りを巻き込んで盛大に祝っていたあのシーンも、「全然違うのに。つるべさん(notつるべさん)余計なことしやがって~」と、正直なところ腹が立って仕方ありませんでした。
だけど、今回観た時は全く違って、房江さんが必死に雪の中歩き回って200人目の署名を終えた時に、「ああ良かったね~よくやったね~」と心から拍手を贈っている自分がいました。
そしてつるべさんのシーンも。あの流れで大喜びするのは当然だなと。つるべさんは何も間違ってやしない、むしろ自分のことのように豊松の減刑を喜ぶつるべさんの懐の深さに感動している自分がいました。いい人に出会えてよかったね~豊松さん、と。

そうして向かえた豊松の最期。
こんなふうに私が『貝』に臨む姿勢が変わったとしても、訪れる最期は当然ながら何も変わらず。
だからこそ、あの結末はあまりに衝撃的でやるせなくて悔しくてたまらず。
それまで一切泣かなかったのに、ここで初めて号泣してしまいました。
あまりにあっけなく訪れた一人の人間の意味のない死が許せなくて、でもどうすることもできなくて、現実を現実として受け止められずに、気が付いたら歯を食いしばりながら泣いている自分がいました。

どうしてこんなちっぽけな人の人生まで奪うのか。
ここまで末端まで食い尽くしてしまう戦争とはいったい何なのか。
人間が人間をどうしてここまで痛めつけることができるのか。
奪う必要のないこの人の命を奪って、それで気が済むのか。
それでも飽き足らずまだ続けるつもりか。
どうして一人一人等しく平和を望んでいるのに、戦争はなくならないのか。

当たり前のように家族を愛し、ちっぽけながらも自分の人生に誇りを持ち、懸命に生きてきた清水豊松が、この現実を目の当たりにした時、どこにも逃れ道がないならもう二度と人間にならなくていいと、牛や馬として人間に出会うことすらしたくないと、だったら深い深い海の底の、誰も知らない場所でひっそりと生きる貝になりたいと、そこまで極論に至った理由が、今回初めて理解できたように思えます。

本当に、戦争は酷い。酷すぎる。
  1. 私は貝になりたい
  2. | comment:0
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